謝罪したら法的責任を引き受けたことになるか

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外資系の企業がトラブルに直面したとき、謝罪するべきか、すべきでないかを相談を受けることがあります。

外資系の企業は、欧米であれ中国や韓国系であれ謝罪することについてとても慎重です。しかし、謝罪しないことでその後の交渉が不利に展開することもあります。日本人のスタッフはそれを分かっていますが、本社や外国人のマネジメントがそのことを理解できないことがあります。そこで、日本の紛争解決における謝罪の意味について少し説明したいと思います。

例えば、業務委託を受けて仕事をしたところ委託者側からクレームの連絡があった場合や、交通事故を起こしたとき、あなたは相手に謝るべきでしょうか? 謝ったら法的な責任も引き受けたことになるでしょうか。

日本の法律では、損害賠償という法律効果について定めた法律の条文の「要件」の全てを満たす事実が認定された場合に法律効果としての損害賠償請求権が成立すると考えます。

例えば債務不履行を理由に損害賠償を請求するケース(民法415条1項)では、請求する側は、以下の1~4を主張し、かつ立証することになります。

1 契約の存在
2 債務不履行
3 損害額
4 債務不履行と損害の発生との因果関係
請求を受ける側は、上記1~4の存在を否定するか、
5 帰責事由がないこと(同項但書)を主張しかつ立証することになります。
請求する側は、この5を否認することになります(帰責事由があると主張し、立証を争う。)。

このように請求権が認められるためには上記1~4が認められ、かつ5が認められないという要件が揃わなければなりません。
そして、この1~5には「謝罪」に関する項目はありません。このため、謝罪と法的責任の成立とは直接の関係がありません。
ただし、謝罪を行った際に、併せて法律要件に該当する事実を全て自認する説明を行ったような場合であれば、そのことが法律要件を充足しているかどうかの判断の資料となることはありえます。

交渉の過程において手のひらを反すようなことはしづらいものです。法律の世界でも「禁反言の原則」(estoppel、エストッペル・相手の言動を信頼して行動した者に対し、それと矛盾した事実を主張することは許されない)という考え方があります。このため、一度頭を下げたら交渉の最後までパワーバランス的に劣後したままになるのではないかと心配する気持ちになるのも理解できます。

しかし、裁判所は、自分が悪くなければ謝らないだろうとか、自分が悪かったから謝ったのではないかとか、謝罪したことで「過失」を推認するような感覚的な判断をすることはありません。謝罪したのだから責任を負わせてもいいとも考えません。

このことは、英米法においても同様のようです。
スコットランドや米国の多くの州には、原告が責任の証拠として謝罪を使用することを制限する法律があります。医師は、過失の証拠として裁判で謝罪が使用されることを恐れることなく、悪い結果について患者に謝罪することができるのです。

そうすると謝罪が法的な責任原因と認められない点において、日本法と他の国とでは基本的に同じだということになります。それでは、なぜ諸外国に比べて日本では謝罪に対する抵抗感がないのでしょうか。私は謝罪に関する文化の違いと謝罪の言葉の使われ方の違いが背景にあるように思います。(私は社会学者ではないのでこの点について専門性はありませんが。)

近代(1870年ころ)に至るまで、日本人のほとんどは移動の自由がなく、閉鎖的な小さな共同体で人生を過ごしました。 狭く固定的な人間関係は自分だけでなく、孫子の代まで続いていきます。ある紛争で勝ったとしても、相手は同じ共同体にいるので後から仕返しをされるかもしれません。そのような社会では、1つの紛争で経済的に被害を回復するよりも、相手の謝罪を受け入れて許し、円満な関係を築く方がリーズナブルなのです。日本では、相手の謝罪を受け入れて損害賠償を免除することは、「貸しを作る」=今後の関係性において優位に立つという面もあります。

日本の裁判では、被害者の主要な要求が金銭の支払いではなく「誠意ある謝罪」であり、後者が満足されれば前者を放棄する和解が成立するケースもあります。特に賃貸借や業務委託などの継続的な契約関係の中途にクレームによって当事者の関係が悪化した場合、クレームを受けた側が「とりあえず」謝罪したうえで、クレームの背景にある原因を説明することによって、損害賠償の交渉に進まずに、円満な当事者関係に戻ることは稀ではありません。

軽微な損害に関するものであれば、日本人は責任の有無に関係なく早い段階から謝罪を行い、相手方は基本的には謝罪を受け入れて被害の弁償を求めない傾向が強いと思います。しかし、日本語ネイティブでない人々は謝罪と弁償はあくまでも別であり、壊されたものの修繕や金銭的な弁償はされて当然と考える人もいるようです。

被害者に徹底的に謝罪することによって弁償を逃れたり、請求金額が減額されたりすることは珍しくないため、弁償を免れる戦術として謝罪を利用することを皮肉った日本映画もありました。謝罪を代行する会社を題材にした「謝罪の王様」東宝2013年では、主役の阿部サダヲは「謝って欲しいと思われている時点で、相手は許したいんですよ。」と述べています。

次に、日本における「すみません。」「ごめんない。」「お詫びします。」などの謝罪の表現は、SorryやApologizeに比較して、多義性があります。

日本語学習教材AnIntroduction to Modern Japanese ïMizutani, O & Mizutani, N 1977ðでも「すみません」の言葉を以下の様に説明しています。
⑷ Arigatoo-gozaimasu. Thank you very much ïpoliteð This is the most common expression of thanks. In familiar speech gozaimasu is dropped. Sumimasen. I'm sorry. Excuse me. Sumimasen is used to express either apology or gratitude.

日本語の謝罪の言葉は、謝罪だけでなく、以下のようなケースでも頻繁に利用されます。
a 軽いあいさつ  例えば、知人宅を訪れたとき 
b 感謝 例えば、人に重いものを運んでもらったとき
c 呼びかけ 例えば、通行人に対して「すみません、少し尋ねてもいいですか?」と声をかける
d 依頼に添える社交辞令 例えば、タクシーに乗車して「すみません、東京駅まで行ってください。」と頼むとき 

このように、日本では、発言者に法的責任を負う意図はもちろん謝罪の意思すらないケースにおいても謝罪の表現が頻繁に使われ、そのため、それを聞く側も発言者が法的責任を負う意思があるとか謝罪していると受け止めないことが多々あります。

謝罪の表現は礼儀の一環として利用されているため、日本では、法的権利義務が争点になるような交渉の場面においても、これから不愉快な話題(争点)を持ち出すことや相手方に交渉の時間的コストを負担させることについて、或いは自分が法的権利を主張することが立派な行いではないと感じるために謝罪することがあります。

そして、交渉の入り口において、そのような法的責任を意味しない謝罪をすることが交渉を円満に進行させる効果を生じることがあります。

また、日本では、謝罪の表現をしないでクレームの背景にある原因を説明した場合、クレームを申立てた者の側からは、誠実さや礼儀がない(いわゆる言い訳=責任逃れ的態度)と受け止められることがあります。その結果、交渉が難航したり、請求金額を上げてしまうこともあります。「武士道」では、誠実さは行動で示すものであり、言葉で補完するべきものではないと考えられています。
このため、自分側に法的な責任のないケースであっても、クレーム対応の進め方として、まず謝罪の表現を使うことは日本においては合理的な選択であることがあります。

被告(原告に加害者と指定された者)が、訴訟前に謝罪行為を行っていても、裁判において法的責任が否定されたケースも少なくありません。例えば、以下のようなものがあります。

教師の生徒に対する指導によって生徒が精神的疾患を生じ学校を退学した事案において、当該教師が生徒の自宅に数回訪問して生徒に謝罪した事実を認めつつ、法的責任がないと判断したケース (広島地方裁判所 2013年2月15日判決)

患者の失明が医師の医療過誤が原因であるとして損害賠償を求めた事案において、医師が患者に対して点眼薬の使用の中止について謝罪した事実を認定しつつ、「謝罪の趣旨は明確でなく,診療行為に過失がないとしても,これによって想定外の結果が生じたことについて謝罪する趣旨であったということも当時の状況に照らし,あながち不合理ともいえない」として、医師の過失を否定して患者の請求を退けた事例(東京地裁2008年2月20日判決)

なんでも謝ればよいというものではありませんが、クレームに対して、「この度の件では、ご不便をおかけして申し訳ありません。」「不具合の原因については早急に調査したうえでご連絡します。」と謝罪しても、法的責任を引き受けたことにはなりません。日本では、全く謝罪をしないよりも、相手方の感情をある程度落ち着かせ、コストの高い裁判手続をしないで解決できる可能性があります。

英語版も追って掲載予定です。

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TAGS:あやまる , 法的責任 , 謝る , 謝罪 , 謝罪の法的意義

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古田利雄>
古田利雄

主にベンチャー企業支援を中心に活動しています。上場ベンチャー企業、トランザクション、NGC、Canbas等の役員もしています。

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