職務発明規程による対価の支払が不合理であると判断された裁判例

発明

 従業員が会社の業務の範囲内で行った発明を「職務発明」といい,会社は職務発明を行った従業員に対して発明に見合う対価を支払わなければなりません。多くの企業は,どの発明についてどの程度の対価を支払うかを自社の職務発明規程に定めています。今回は,その職務発明規程に基づく対価の支払いが不合理であるかどうかが争われた東京地裁平成26年10月30日判決を紹介します。

事案の概要

 本件は,被告会社の従業員であった原告が,被告会社に対し,職務発明について特許を受ける権利を承継させたとして,相当対価の支払いを求めた事案です。

 被告会社には,職務発明を行った従業員等に対して報奨金を支払うことを定めた職務発明規程1と,その報奨金の額及び支払方法等について定めた職務発明規程2がありました。職務発明規程2によれば,被告会社は職務発明を行った従業員に対して,特許出願時報奨金として3万円,特許権取得時報奨金として10万円,特許権実施時報奨金として会社と協議のうえ決定する金額が支払われるものとされていました。

 原告の発明は,証券会社の高速取引システムに関するものでしたが,この発明は米国特許出願がされたものの特許権取得できず,他の国においても特許権を取得できないことが確定していました。

 原告は,被告会社が,その職務発明規程の定めにより出願時報奨金3万円のみを支払い,実施時報奨金が支払われないことは不合理であるとし,その理由として,被告発明規程の策定に際して協議がされていないこと,被告発明規程は開示されていなかったこと,報奨金算定に際し意見聴取がなかったこと,出願時報奨金3万円は低額であること,及び特許登録されないと実施時報奨金が支払われないのは不合理であることなどを主張しました。

争点
  1 被告発明規程の定めにより相当の対価を支払うことの不合理性
  2 相当対価の金額

 

裁判所の判断
1 被告発明規程の定めにより相当の対価を支払うことの不合理性

 裁判所はまず,特許法35条4項について次のように解釈しました。

特許法35条4項によれば...(勤務規則等の職務発明規程の定めが)不合理であるか否かは,①対価決定のための基準の策定に際しての従業者等との協議の状況,②基準の開示の状況,③対価の額の算定についての従業者等からの意見聴取の状況,④その他の事情を考慮して判断すべきものとされている。そうすると,考慮要素として例示された上記①~③の手続を欠くときは,これら手続に代わるような従業者等の利益保護のための手段を確保していること,その定めにより算定される対価の額が手続的不備を補って余りある金額になることなど特段の事情がない限り,勤務規則等の定めにより対価を支払うことは合理性を欠くと判断すべきものと解される。

 これに続いて裁判所は,①協議の状況につき,被告会社は被告発明規程の策定・改定につき原告その他の従業員と協議したといえない,②開示の状況につき,報奨金の額等を具体的に定めた被告発明規程2は原告その他従業員らに開示されていなかった,③意見聴取につき,被告発明規程では意見聴取の手続は予定されていないと判断して,本件で被告会社は①~③の手続を欠いていたと判断しました。

 さらに裁判所は,④その他の特段の事情について検討します。

 被告会社は,3万円という金額が低額であるという原告の主張に対して,被告発明規程で定めた報奨金の金額は他社の基準や社会通念に照らしても低額とは言えないと反論していました。裁判所も本件訴訟での証拠調べの結果,他社での発明報奨金の平均額は,出願時報奨金が9941円,権利取得時報奨金が2万3782円,実施時報奨金は過半数が上限を定めていないと認定しており,これに比べると被告会社の報奨金の金額は決して低額とはいえないことが分かります。
 しかしながら裁判所は,「被告発明規程2の定める出願時報奨金及び取得時報奨金の額はいずれも他の企業と比較して各別高額なものとはいえない。また,実施時報奨金については,上限額の定めはないものの,この点は多数の企業と同様の取扱いをしているにとどまり,被告において他社より高額な対価の支払が予定されていたとは解しがたい」として,特段の事情にはあたらないと判断しました。

 また被告会社は,特許権を取得した場合に限り実施時報奨金を支払うこととしている点について,発明の価値に応じて支払の基準を明確化する点で合理的と反論していましたが,これについても裁判所は,「特許権等の取得を要件としたことの根拠も本件の証拠上明らかでない」として,特段の事情にあたらないと判断しました。

 以上より,本件発明について,被告会社が原告に対し被告発明規程の定めにより対価を支払うことは不合理であると判断しました。

2 相当対価の金額

 被告発明規程に基づく相当対価の支払が不合理であると判断されたので,本件の職務発明について支払うべき相当対価はいくらかを裁判所が算定することになります。これには,使用者が受けるべき利益の額,発明に関連して使用者が負うべき負担,貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮すべきものとされています(特許法35条5項)。

 ここで裁判所は,原告の本件職務発明により被告会社が得ることとなる独占的利益があるかに注目し,本件職務発明は結局特許権を取得できないことが確定しているから,そのような利益が生ずる見込みはないとして,他の事情を検討するまでもなく相当対価はゼロであると判断しました。

 結論として,原告の請求は棄却されました。

解説

 特許法35条各号が定める職務発明制度は,職務発明はそれを発明した従業員のものであるが,会社は職務発明規程や就業規則においてその特許権等を譲り受けることを定めておくことができる(2項),その場合従業員は会社に対し相当の対価を支払うよう請求できる(3項),相当対価の支払に関する職務発明規程の定めは不合理であってはならず(4項),もし不合理である場合は裁判所が相当対価を算定する(5項)というものです。本件で原告は,被告に対し,同35条3項及び5項に基づき,裁判所が算定する相当対価を支払うよう求めたもので,平成16年特許法改正で職務発明に関する特許法35条4項が改正,同条5項が新設されて以降,職務発明規程の定めによる対価の支払の不合理性について判断された初めてのケースとされています。

 本判決が判示するとおり,特許法35条4項により職務発明規程が不合理と判断されるかは,その策定・改定にあたっての協議・開示・意見聴取という手続の有無に重点が置かれています。これは,使用者と従業員の間で十分に議論されて決定された職務発明規程の内容には,裁判所は極力干渉しないという趣旨です。たしかに内容を全く考慮しないというわけではなく,本判決でも報奨金の額や支払条件といった実体面につき考慮されてはいます。しかし,あくまで「特段の事情」として補完的に考慮されているうえ,単に他社と同様の支払基準としているだけでは不合理性を覆すに足りないと判断されています。

 メーカーなど発明を多く取り扱う企業では職務発明規程の策定・改定にあたって従業員と協議しているところが多いようですが,それ以外の企業では協議・開示といった手続を行っていない場合も多いと思います。本件の被告会社は証券会社でした。これを機に,職務発明規程の内容及び相当対価支払までの手続について見直してみるとよいのではないでしょうか。その際には,特許庁の「新職務発明制度に関する手続事例集」が参考になると思います。

 また現在,産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会にて職務発明制度の見直しがすすめられています。それによると,職務発明は初めから使用者に帰属するものとできる一方で,従業員らに対するインセンティブ施策を付与することとし,使用者と従業員との調整のために政府がガイドラインを策定するものとされています。このガイドラインにおいて,本件で争われたような職務発明規程の合理性を基礎づける手続の基準が示されるものと思われます。

 

(参考)

東京地裁平成26年10月30日判決
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/627/084627_hanrei.pdf 

特許庁・新職務発明制度に関する手続事例集(平成16年9月)
http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/pdf/sinshokumu_hatumi/00_jireisyuu.pdf

産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会・報告書(平成27年1月)
http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/toushintou/pdf/innovation_patent/houkokusho.pdf

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