全面改訂した経産省「営業秘密管理指針」を読み解く

個人情報営業秘密秘密保持契約

 以前News Letterにおいて、経済産業省「営業秘密の保護・活用に関する小委員会」の議論につき紹介しましたが、平成27年1月28日、「営業秘密管理指針」が全面改訂されました(新指針)。

1 はじめに(新指針の性格)

※「営業秘密管理指針」の改訂に向けた議論の概要については、News Letter No.179「2 企業の営業秘密保護の見直しをめぐる議論について」(1)をご参照ください。

(1) 「営業秘密」として法的保護を受ける必要最低限の対策をコンパクトに示す

 旧指針は、どの程度の措置を行えば「営業秘密」として法的保護を受けるのかが不明確であり、中小・ベンチャー企業にとっては使いづらいものとなっていました。

 新指針は、このような指摘を受け、不正競争防止法上の法的保護を受けるために必要となる最低限の水準の対策を示すものとし、ベストプラクティスや包括的対策については、今後策定する「営業秘密保護マニュアル」(仮称)によって対応する予定としています。そのため、新指針は、旧指針の86頁から大幅に減り16頁となっています。  ただし、企業にとっては当該情報が法的に保護される(≒事後的な救済を受ける)だけでは不十分であり、事前の予防策(従業員教育、産業スパイ対策、サイバーテロ対策など)をどの程度採るか、漏えいリスク・管理コスト・業務効率等のバランスを考慮して判断する必要があるでしょう。また、大企業・上場企業等においては、企業の社会的責任(CSR)の観点から望まれる情報漏洩防止対策を施す必要があり、新指針に記載する以上の措置を講じる必要があります。

 その意味では、なお現時点において、旧指針の具体的な秘密管理方法や、「営業秘密管理チェックシート」などを参照すべき場面も少なくないでしょう。

(2) 法的拘束力はないが、一定の規範性を有する

 新指針1頁にも記載されているように、指針はひとつの考え方を示すもので、法的拘束力を持つものではありません。しかし、経産省が主体となって、裁判例等の分析等を行った上で策定されたものであるため、「営業秘密」の解釈指針として一定の規範性を有するといえるでしょう。

2 要件1「秘密管理性」

(1) 判断基準―客観的認識可能性(≒「秘密管理措置」の存在)への一本化

 旧指針による裁判例分析によれば、秘密管理性要件は「アクセス制限」と「客観的認識可能性」の存在を必要としているとしています。

 新指針では、「秘密管理性要件が満たされるためには、営業秘密保有企業の秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要がある」(5頁。)として、「客観的認識可能性」確保のための「秘密管理措置」の存在が必要であり、「アクセス制限」は秘密管理措置の一手段であるという考え方が示されています。  そして、客観的認識可能性の基準となる者(新指針5頁では「対象者」と表現)は、「当該情報に合法的に、かつ現実に接することができる従業員」(5頁)であるとして、不正取得者(新指針6頁では「侵入者等」と表現)を基準に秘密管理措置を講ずる必要はないとしています。

(2) 具体的な「秘密管理措置」―①「合理的区分」と②「秘密であることを明らかにする措置」が必要

 「秘密管理措置は、対象情報(営業秘密)の一般情報(営業秘密ではない情報)からの合理的区分当該対象情報について営業秘密であることを明らかにする措置とで構成される。」(新指針6頁。強調部分及び①②は追加した。)

①「合理的区分」

 秘密管理措置の第1として、営業秘密とすべき情報とその他の一般情報との合理的区分が必要であるとしています。合理的区分がなされなければ、②「秘密であることを明らかにする措置」を講ずることは難しく、どの範囲の情報が営業秘密であるかが"対象者"にとって不明確となるためです。

 この点は旧指針でも指摘されていましたが、新指針において必要性がより明確化されたといえます。平成24年度の経産省の調査では、回答企業のうち営業秘密とそれ以外の情報とを区分していないと回答した企業は約36%もありましたが、今後はこの「合理的区分」を意識的に行っていく必要があるといえるでしょう。

②「秘密であることを明らかにする措置」

 このための具体的措置は多種多様なものが考えられますが、新指針7頁では、主として「媒体の選択」「当該媒体への表示」「当該媒体に接触する者の限定」(≒アクセス制限)「営業秘密たる情報の種類・類型のリスト化」等を挙げています。

(3) 媒体毎の典型的な秘密管理措置を記載

 新指針8~12頁では、秘密管理措置の具体例として、「①紙媒体」「②電子媒体」「③物件自体」(例:製造機械、金型、高機能微生物、新製品の試作品など)「④媒体が利用されない場合」「⑤複数の媒体」と情報が化体される媒体の違いに着目して、それぞれ典型的な管理方法が挙げられています。いずれも、比較的低コストでできる秘密管理措置といえますので、自社では現段階において新指針に挙げられている措置が採られているか、見直してみると良いでしょう。

 このうち、もっとも問題となりうるのは、「④媒体が利用されない場合」です。この場合は従業員との間で秘密保持誓約書を取り交わし、その中で営業秘密の範囲の特定を行っていくのが一般的に望ましいでしょう。ただ、実効性ある対策としては、やはり営業秘密保護に対する規範意識の醸成、そのための日頃のコミュニケーションが重要になってくるといえます。

(4) 営業秘密の共有の際の基本的な考え方を記載

 新指針12~15頁では、「①社内」「②社外」で営業秘密を共有する際の、秘密管理性要件充足の有無に関する基本的な考え方を記載しています。  要約すると、原則として秘密管理性要件充足の有無は、「①社内」では支店・事業本部単位(新指針13頁では「管理単位」と表現)で、「②社外」では法人単位で判断し、他の単位には影響しないのが原則であるとされています。

3 要件2「有用性」・要件3「非公知性」

 新指針15頁、16頁は、それぞれ「有用性」「非公知性」要件の考え方を示しています。これは旧指針16頁における考え方と基本的には同じであるといえます。

4 新指針を踏まえた企業における実践的対応の一例

(1) 秘密保持契約(NDA)の整備

 新指針3頁にも多少触れられていますが、営業秘密漏えいの予防策としては、従業員や取引先との秘密保持契約(NDA)の締結が実効的です。  営業秘密管理はどこから手を付けてよいかと悩んでいる企業においては、自社にとっての守りたい「営業秘密」とは何かを検討した上で、相手方に応じた秘密保持契約(又は各種契約書内の秘密保持条項)の整備を行うことが良いでしょう。

(2) 個人情報保護対策と一体・連動した整備

 個人情報保護法の「個人情報(データ)」は、非公知とはいえないため「営業秘密」とは異なる概念ですが、企業における顧客情報の管理についての考え方は営業秘密の管理においても参考になります。  前回のブログで紹介した「個人情報の保護に関する法律についての経済産業分野を対象とするガイドライン」26~39頁の「安全管理措置」の具体例は、営業秘密管理にも応用可能です。企業においては、個人情報保護対策と一体・連動して営業秘密保護管理措置を構築していくことも有用です。

 中小・ベンチャー企業の事業のコアとなりうる技術・情報については、まず、特許・意匠等による権利化を目指すか、または営業秘密として秘匿化するかを慎重に検討する必要があります。その際、事業戦略に即した判断をなしうる前提として、新指針による営業秘密管理を行うことは最低限必要でしょう。

 また、その他の企業においても、この機に自社が最低限必要な秘密管理措置を行なえているか、チェックしてみるとよいでしょう。

参考

Category:個人情報 , 営業秘密 , 秘密保持契約

TAGS:個人情報 , 営業秘密管理指針 , 秘密保持契約

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