システム開発が途中で終了した場合の報酬に関する裁判例と民法改正について

契約書開発契約

事案の概要

 平成22年1月15日、コンピュータープログラムの作成等を業とするX社は、同業であるY社との間で、以下の条件で、Z社の顧客向けにライフプラン支援を行うためのコンピュータプログラム(本件プログラム)の開発を内容とする契約(本件契約)を締結しました。

  • 金額 290万円(税抜)
  • 納期 3月15日にYにて受入れテスト開始、4月30日にYにて検収完了
  • 代金支払方法 4月30日銀行振込

※本件プログラムは、年齢、収入、家族構成など様々な項目を入力することで、本人死亡時の家族の必要保障額、今後の収入・支出の変動のシミュレーション、退職金額、年金受領金額を算出し、これらをグラフ化することなどを主な内容としていました。

 なお、同日X社が作成し、Y社に対して提出した見積書(本件見積書)は、本件契約における具体的な作業工程を工数及び金額で定めていました。

 また、X社とY社は、2月10日ころ、以下のように納期を変更する合意を内容とする覚書を作成しました。

  • 4月1日、X社がY社に第1次動作検証版を提供し、Y社は、X社の開発と平行してテストを開始
  • 4月8日、X社は、テスト結果をもとに、Yに第2次動作検証版を提供
  • 4月15日、Z社において受入れテストを開始し、X社は、その結果を受けて修正
  • 4月22日、X社がY社に完成版のディスク又はファイル一式を納品

 その後、X社とY社で詳細設計書のやりとりをし、3月9日にいったん本件プログラムの具体的な仕様がほぼ確定しました。

 しかし、Y社からX社に対し、幾度も本件プログラムの仕様に関し変更・追加の指示を行ったため、X社の作業が遅れ、4月6日ころ、最終納期を4月30日と改める旨の合意が成立しました。

 Y社は、その後も引き続きX社に対し要求・依頼を繰り返し、結局、X社は、4月30日、開発を中止し、本件プログラムは完成しませんでした。

 ただし、その後Y社は、X社を関与させないまま、本件プログラムを完成させ、5月19日、Z社にこれを納品しました。

 しかし、10月ころ、本件プログラムにバグがあったことから、Y社は、Z社に対し、対応のための費用として約660万円を支払いました。

 X社は、Y社に対し、主位的には民法536条2項前段(危険負担)に基づき追加作業分も含めた本件プログラムの未払請負報酬合計約700万円、予備的には信義則に基づき約400万円につき支払うよう訴訟を提起し、他方、Y社は、X社に対し、債務不履行に基づく損害賠償として約660万円等を求める反訴を提起しました。

争点

 主な争点は以下の4点です。

  1. 民法536条2項前段に基づく請負報酬請求の当否
    (X社による本件プログラム開発の履行不能がY社の帰責事由によるものか)
  2. 信義則に基づく請負報酬請求の可否
  3. 請求できる請負報酬金額
    (追加作業分について報酬支払合意が成立していたか)
  4. Y社による債務不履行に基づく損害賠償請求の当否
    (本件プログラムのバグがX社の帰責事由によるものか)

判断

1 民法536条2項前段に基づく請負報酬請求の当否

(1) 履行不能の時点

 まず、X社は、4月30日の時点で本件プログラムの作成義務は履行不能になっていたと主張しましたが、東京地裁は、4月30日の時点では、「本件契約の性質上、同日までに本件プログラムを完成させてY社に引き渡さなければ契約をした目的を達することができない」とは認め難く、その趣旨の合意があったともいえないから、履行不能になったとはいえないと認定しました。

 履行不能は、Y社が本件プログラムを完成させ、5月19日にZ社に納品したことによって認められるとしています。

(2) 履行不能がY社の帰責事由によるものであるか

 東京地裁は、「本来X社が行うべき作業をY社が行うことになったのは、XY間で合意された納期である4月30日になっても本件プログラムが未完成で、完成させるには相当期間を要する状況にあったのに、X社が同日をもって本件プログラムの作成作業を中止して、その後しばらくの間連絡も絶ってしまい、Z社との間で合意された納期である5月8日に間に合わせるためには、Y社自身が本件成果物を補充、修正して本件プログラムを完成させるほかない状態に陥ったことにある」ことに鑑みると、履行不能はY社の帰責事由によるものであるとは認められないと判断しました。

 また、X社は履行不能の原因はY社が仕様変更を繰り返していた等によると主張しましたが、東京地裁は、「4月30日までに本件プログラムが完成しなかったことが、ひとえにY社の仕様変更等によるとは断じ難い」等としてX社の主張を斥けました。

2 信義則に基づく報酬請求の可否

 東京地裁は、以下のように判断して信義則に基づく報酬請求を認めました。

 「本件プログラムの制作作業工程は、(1)システム分析(実装方法検討)、(2)概要設計、(3)詳細設計、(4)製造・テスト、(5)結合テストに分けられており、また、...本件プログラムは多数のプログラムの集合体であると認められるから、本件契約に基づきX社が行うべき業務の内容は可分であるといえる。

 また、Y社は、本件成果物を利用して本件プログラムを完成させてZ社に納品したのであるから、Y社は、本件成果物により利益を有するということができる。

 そして、出来高分の報酬を請求することが相当でないとする特段の事情は窺えないから、信義則上、X社は、Y社に対し、本件プログラムの出来高分の報酬を請求することができる」。

 3 請求できる請負報酬金額

 X社は、Y社との間で追加作業分について報酬支払合意が成立していたと主張しましたが、東京地裁は、そもそもX社がそのような申込みをしたとは認められないとして、主張を斥けました。

 またX社は、信義則上、追加作業分も請求できる趣旨の主張をしましたが、東京地裁は、前記の通り本件プログラムが完成しなかったのがひとえにY社の仕様変更等によるものと断じ難いことなどから、「本件契約締結当時の代金額を維持することが著しく信義に反するものとは認め難い」として、主張を斥けました。

 結局、東京地裁は、本件契約における請負報酬額は、本件契約締結当時の代金額である290万円(税込 304万5000円)であると認定し、一部完成していた本件プログラムについて、作業工程ごとに工数と金額を定めていた前記本件見積書に照らし、出来高相当の報酬額約160万円を請求できると判断しました。

 4 Y社による債務不履行に基づく損害賠償請求の当否

 Y社は、本件プログラムのバグがX社の帰責事由によると主張しましたが、東京地裁は、「本件成果物は、全体として未完成であり、X社が制作した部分についてもバグの有無等について十分なテストを行う必要があって、Y社もこのことを認識していたことは明らかである」こと、「本件バグの発見が困難であった」との事情もないことから、「Yが完成させた本件プログラムに本件バグが残ったのは、専らYの行ったテストが不十分であったためである」と判断し、主張を斥けました。

結論

 東京地裁は、X社の予備的請求を一部認容し、Y社はX社に対し出来高相当の報酬額約160万円を支払えとの判決を言い渡しました。

解説

1 本件判決の評価

 本件では、信義則に基づく報酬請求というロジックで請求が認められましたが、建築請負における途中解除については判例(後述)上も認められており、画期的な判断というものではありません。ただ、システム開発の場合には難しい問題があり、この点は後述します。

 ベンダー側は、ユーザ側からの度重なる仕様変更の要求があったとしても履行不能の帰責事由とは認められず、要求による追加作業については別途合意がないと報酬を請求できないと判断されています。ベンダーとしては、適宜追加報酬分の合意を取り付けておくことが必要であり、そのために当初契約においても手当を検討しておく必要があるといえます。

 なお、上記裁判例では、ベンダーが契約時に作業工程に対応して工数と金額を特定した見積りをしていたことが請求認容の一助となっているといえますので、この点は参考になるものといえます。

2 改正民法における関連規定について

 平成26年8月に決定した「民法(債権関係)の改正に関する要綱仮案」には、請負について以下の規律を新設する旨が記載されています。

仕事を完成することができなくなった場合等の報酬請求権(第35 1)

 注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成することができなくなった場合又は仕事の完成前に請負が解除された場合において、既にした仕事の結果のうち、[1]可分な部分の給付によって[2]注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなす。この場合において、請負人は、注文者が受ける利益の限度において、報酬を請求することができる。

※[1][2]は便宜上追加

 このルールは、建築請負が途中で解約された場合の一部解除に関する判例(大判昭和7年4月30日民集11巻780頁等)で認められていたものです。上記裁判例でも、[1]「業務の内容は可分である」[2]「Y社は、本件成果物により利益を有する」という枠組みで信義則による請負報酬請求を認めており、改正民法においても上記規律により一部請求が認められるものと考えます。

 ただ、注意すべきなのは、建築請負と異なり、システム開発においては、[2]注文者が利益を受けたかが争われることが予想される点です。ユーザにとっては未完成のシステムを受け取ることに利益がないと判断される可能性も十分あります。上記裁判例においても、理由として「Y社は、本件成果物を利用して本件プログラムを完成させてZ社に納品したのであるから」と、Y社が本件プログラムを完成し得たことを指摘しているため、ベンダー側としては、システム開発の中途解約の際、当該プログラムの一部がユーザ側に利益となるか否かによって、請求できないリスクも考慮に入れなくてはならないでしょう。

参考

東京地裁平成26年9月11日判決
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=84476

「民法(債権関係)の改正に関する要綱仮案」(法務省HP)
http://www.moj.go.jp/content/001127038.pdf

Category:契約書 , 開発契約

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