改正民法(債権法)の要綱仮案について④

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改正民法の要綱仮案に関する説明を続けてきましたので、今回もその続きです。なかなかブログを書く時間が取れず、前回から少し時間が空いてしまいましたが、今回は「相殺」「更改」「契約成立」「懸賞広告」「第三者のためにする契約」をご説明したいと思います。

13 相殺

相殺がどのように改正されていくのかという点については、審議前は、特に金融関係からは懸念があったのだろうと思われますが、要綱仮案の内容からすれば大きな影響は出ない内容だったのではないかと思われます。

(1)相殺禁止(制限)特約

相殺禁止(制限)特約が付された場合に保護される第三者の要件について、現行法は「善意の第三者」となっていますが、要綱仮案ではこれを「善意無重過失」としました。

(2)不法行為債権を受働債権とする相殺禁止

現行法は、不法行為債権を受働債権とする場合には相殺禁止とシンプルな規定でしたが、要綱仮案では、さらに絞って、「悪意による不法行為に基づく損害賠償に係る債務」と「人の生命に又は身体の侵害に基づく損害賠償に係る債務」となっています。

前者は破産法253条1項2号(破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権)などが参考になるように思います。犯罪行為により生じた債務などはこれに該当するでしょう。後者は交通事故により生じた債務などが該当するでしょう。

なお、自働債権が上記のような不法行為により生じた債権であっても、受働債権が上記のような不法行為により生じた債務でない場合には相殺が許されるという現行法の解釈は要綱仮案でも引き続き残ると思われます。

(3)支払い差止を受けた債権を受働債権とする相殺禁止

いわゆる「差押えと相殺」の論点であり、ここが一番の焦点とも言えました。現行法で言えば、民法511条に該当します。

要綱仮案はこの議論に終止符を打ったとも言えますが、

 差押えを受けた債権の第三債務者は、差押え後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができないが、差押え前に取得した債権による相殺をもって対抗することができる。

 前項の規定にかかわらず、前項の差押え後に取得した債権が差押え前の原因に基づいて生じたものであるときは、第三債務者は、当該債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができる。ただし、差押え後に他人の債権を取得したものであるときは、この限りではない。

という内容で規定されました。

これは「制限説」対「無制限説」の対立と言われ、最大判昭和39年12月23日民集18巻10号2217頁は制限説を採用していましたが、その後の最大判昭和45年6月24日民集24巻587頁・最判昭和51年11月25日民集30巻939頁は無制限説を採用し、通説・実務は無制限説で動いてきました。ただ、かつての判例が採用していた制限説も有力なままであり、相殺をよく利用する銀行にとってはこの改正を注視していたのではないか思われます。

結果的には、無制限説が要綱仮案に採用されたのであり、このとおりに改正になっても実務に大きな影響はないということになりますので細かい説明は省きますが、少しだけ簡単な説明をします。

A社がM銀行に預けた定期預金債権3000万円に対してB社が平成26年11月10日に差押えを行いましたが、M銀行はA社に対して1億円の貸付金を有しており、どちらの債権も差押時においては弁済期が未到来でした。そして、M銀行の貸付金債権の方が定期預金債権よりも弁済期は後でした。ただ、M銀行は相殺予約(期限の利益喪失約款)をしていますので、これが差押えに対抗できるのかという問題で、制限説はM銀行は債務不履行状態になりながらも相殺できるのは不誠実だとして、M銀行の貸付金債権の履行期がA社の定期預金債権の履行期よりも先に到来する場合に限り相殺を認めるという見解ですが、無制限説はそんなのは関係ないという説で、どちらの履行期が先になろうが相殺は可能とするものです。

他方で、「差押え後に取得した債権」については「原則として相殺できません」という点については異論はなく、そのことも要綱仮案では明記されています。もっとも、要綱仮案の第2項においては、「差押え後に取得した債権」であっても、「差押え前の原因に基づいて生じたもの」であるときには、相殺が差押えに対抗できるという規定になっています。ただし、このような場合でも、差押え後の債権譲渡により取得した譲受人は相殺を主張できず、差押えが優先することになります。

このあたりは破産法72条2項(相殺禁止の規定)を意識した形なのかなと思いますが、差押時にはまだ具体的に発生していないものの、その発生原因は先に生じているようなケースについて適用されます。具体的には、保証人の事後求償権(最判平成24年5月28日判時2156号46頁)や手形買戻請求権(手形の利用は減っているのでしょうが、破産管財手続をしているとこの手形の割引・手形買戻し請求の処理は時折あります。)などが問題となりそうです。

(4)債権譲渡と相殺

要綱仮案では、債権譲渡の箇所に規定があるのですが、上記の「差押えと相殺」の論点と一緒の方が分かりやすいかと思い、「債権譲渡と相殺」の規定についても相殺の箇所で説明いたします。なお、債権譲渡に関する解説は以前のブログをご確認ください。

要綱仮案では、債権譲渡の章の最後の規定が「債権譲渡と債務者の抗弁」という項目になっていまして、その(2)が債権譲渡と相殺について規定しています。

具体的には、

① 債権譲渡の通知又は承諾がなされたときは、債務者は、その通知を受け、又はその承諾をした時(権利行使用件具備時)より前に取得した譲渡人に対する債権による相殺をもって譲受人に対抗することができる。

② 債務者が権利行使要件具備時より後に取得した譲渡人に対する債権であっても、その債権が次に掲げるいずれかに該当するものであるときは、①と同様とする。ただし、権利行使要件具備時より後に他人の債権を取得したものであるときは、この限りではない。

a 権利行使要件具備時より前の原因に基づいて生じた債権

b aに規定するもののほか、譲受人の取得する債権を生ずる原因である契約に基づいて生じた債権

という内容です。

問題となってくるのはA社がB社に対して100万円の債権を有していて、B社もA社に対して反対債権を有している状況において、A社が自分の有する債権をC社に譲渡をしたという場合の処理です。現行法下では、反対債権の弁済期が遅い場合の処理について制限説と無制限説の対立と似たような議論がありますが、判例は弁済期の先後を問わずにB社はC社に相殺を対抗できるとしました(最判昭和50年12月8日民集29巻11号1864頁)。判例はここでも無制限説の考え方に沿っているとも評されていますし、実務も判例の考えに従っていましたが、この判決上においても反対意見が付されていますし、反対説も有力でした。しかしながら、要綱仮案は判例の考え方を明記したものと言えますし、改正による実務への重大な影響はないとも言えます。

(5)相殺充当

複数の債務を負担していて、相殺によっても全部消滅しない場合、相殺の充当について現行法の条文は弁済充当の規定を準用するだけですが、実際には相殺適状となった時期の順序に従って処理するのが判例の考え方です(最判昭和56年7月2日民集35巻881頁)。要綱仮案では、「当事者間に別段の合意がなり限り、債権者の有する債権とその負担する債務は、相殺に適するようになった時期の順序に従って、その対当額について相殺によって消滅する。」と規定され、上記判例理論が明文化された形です。

14 更改

ややマイナーな話になるのかもしれませんが、更改についても変更がありました。なぜ更改がマイナーかというと、更改というのは債務の重要部分を変更する契約をすることで旧債務を消滅させるというものですが、債権譲渡や債務引受、代物弁済などの制度がある我が国では更改の必要性が低いという点があります。なお、年末時期になりますと、プロ野球選手の契約更改という言葉がよくニュースで聞かれますが、この契約更改と民法上の更改とは違う概念です。

(1)更改の要件効果

現行法(民法513条)では、更改について「債務の要素を変更」という用件になっていましたが、それが曖昧な表現であることから、要綱仮案では①従前の給付内容について重要な変更をした場合②従前の債務者が第三者と交代した場合③従前の債権者が第三者と交代した場合という形で明記しました。

更改の効果は旧債務が消滅するというもので、変わりません。

(2)債務者の交代による更改

これは免責的債務引受と重なる感じです。どちらになるかは当事者間の意思表示(更改の意思の有無)によって決まりますが、更改の契約当事者とは「債権者と更改後に債務者となる者」であり、「更改前の債務者に対する債権者の通知」により契約効力が発生します。三者間契約という考え方もありますが、現行法の考え方(債権者と更改後の債務者との二者間契約)を維持しつつ、更改前の債務者への通知を効力発生要件としたということになります。

免責的債務引受も明文化されることですし、我が国ではますます不要な規定にも思われますが、国際的な取引では使われる概念ですので削除されなかったというところでしょうか。

(3)債権者の交代による更改

こちらは債権譲渡と重なる感じですが、更改前の債権者・更改後の債権者・債務者の三者間契約により成立します。第三者対抗要件としては確定日付ある証書を求めていますので、債権譲渡との区別は更改の意思の有無によるということになります。

いずれにしても、更改という認定になる場合は少ないのかもしれません。

(4)その他

更改の効果は旧債務の消滅でしたが、それの例外として旧債務が消滅しない場合を定めた民法517条は要綱仮案では削除されました。

また、更改により担保権(質権・抵当権)が移転する点について定めた民法518条は、担保を移転させる主体として「更改の当事者」と定めていましたが、要綱仮案では「債権者」のみで移転できる形にしました。

15 契約の成立

(1)契約自由の原則

ここからは契約総論に入ります。現行民法では記載がないですが、基本原則である契約自由の原則を要綱仮案では明記しました。具体的な内容としては、

① 契約締結自由の原則

② 契約方式自由の原則

③ 契約内容自由の原則

を定めています。もちろん、例外はありますので、それぞれ法令の定めがある場合を除きといった留保付きです。②の契約方式自由の原則という点ですが、「不要式契約」「要式契約」という言葉で表現されることもあり、原則が「不要式契約」ということになります。

(2)履行不能が契約成立時に生じていた場合

要綱仮案では、契約に基づく債務の履行が契約成立時に不能であった場合でも履行不能に基づく損害賠償請求は可能と定めています。

契約成立時に既に履行が不能となっていたときには契約無効という考え方もありますが、一律に無効とするのではなく、損害賠償請求を可能と考えた上で、その帰責性の有無(免責事由の有無)により処理することになろうかと思われます。

(3)申込みと承諾

契約が申込みと承諾により成立することは大前提ではありますが、要綱仮案ではこれを明記しています。

(4)申込みの撤回の制限

民法524条は隔地者(=意思表示の発信から到達までに時間的な隔たりがある者)に対する契約申込み(承諾期間の定めなし)について相当期間撤回ができない旨を規定していますが、要綱仮案では、隔地者以外の者に対する申込みについてもこれを適用する内容で規定しました。

実務上問題となりそうな点としては、労働契約の合意解約を労働者が申し込んだ後にすぐ撤回したような場合です。現行法下の裁判実務では比較的緩やかに撤回を認めている傾向があるように思いますが、この改正後において相当期間撤回が制限されてしまうのかについては今後の流れを注視する必要があります。

(5)到達主義の採用

民法526条1項は発信主義(隔地者間の契約は、承諾の通知を発した時に成立する。)を採用していますが、要綱仮案ではこれを削除しています(527条も削除しています。)。したがいまして、大原則である到達主義をより鮮明にしたと言えます。

なお、既に「電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律」4条においては、電子商取引について526条1項を適用しない旨を規定しています。

(6)対話者間における申込み

民法上には規定がなかった対話者間の申込みについては、要綱仮案は、商法507条を採用して、対話が継続している間に申込みに対する承諾が無ければ申込みの効力は失われるとしました。

16 懸賞広告

かなりマイナーですが、面白い分野とも思いますので、少しだけ解説します。

懸賞広告とは、例えば、迷子犬を見つけてくれた方には謝礼として1万円を差し上げますと広告する場合やクイズに正解したらハワイ旅行が当たりますと広告する場合などが考えられます。景表法などとも絡む分野です。

上記例で言えば、懸賞広告を知らずに迷子犬を見つけてくれた方は1万円の報酬請求権を有しているのかという問題について現行法上は不明で、懸賞広告の法的性質(単独行為or契約)により考えも分かれるところでしたが、要綱仮案では、「その広告を知っていたか否かにかかわらず、・・・報酬を与える義務を負う。」となっており、この問題を解決しています。

その他、懸賞広告の効力や撤回についても要綱仮案は規定しています。

17 第三者のためにする契約

現行民法537条に関する改正ですが、要綱仮案では、第三者のためにする契約締結時にその第三者が存在しない場合でも不特定の場合でも契約が成立する旨を明記しています。最判昭和37年6月26日民集16巻7号1397頁を立法化したものと言えます。

第三者のためにする契約は、一般的にはあまり知られていないのかもしれませんが、実は不動産売買ではよく知られた存在です。A(諾約者)が所有する不動産をB(要約者)に売却しますが、その所有権はC(第三者)に移転するようなケースが第三者のためにする契約です。Cの権利はCが受益の意思表示をしたときに発生します。要綱仮案では、Cが受益の意思表示をした後に、Aが債務不履行をした場合、BはCの承諾を得て契約解除ができると規定しました。

要綱仮案の解説とは無関係ですが、先ほど、不動産売買では第三者のためにする契約が知られた存在と書きましたが、それは、いわば中間省略登記をする手法として利用されるからです。現在の登記実務では中間省略登記自体は認められませんが、第三者のためにする契約という形式を用いれば、実質的には中間省略登記と同様の効果が得られることになります。

今回はここまでにしますが、今後はいよいよ契約各論の解説に入る予定です(弁護士 鈴木 俊)。

平成26年11月11日

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